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by iiwi2
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ある春の午後

ITmediaに気になる記事がありました。
ITmedia +D LifeStyle:情報過多が作り出す「Level1飛空艇」症候群 (1/3)
近年の新社会人は、まだ何も経験しないうちから、情報としてはすべてを把握しているつもりになっている傾向がある。こういった現象を「Level1飛空艇症候群」と名づけ、情報過多時代における社会人としての第一歩を考えてみた。
新社会人じゃないけれど、ちょっと耳のいたい記事です。
 筆者の周りには、娘や姪など年端もいかぬ世代がいるわけだが、彼ら彼女らは新しいデバイス、例えば携帯でもiPodでもいいが、まずマニュアルなど見ない。とりあえずデタラメにいろいろ使ってみて、行き詰まったら誰か詳しい人に聞く、というスタイルでこれまで生きてきた。
 マニュアルや辞書、百科事典など、それを見れば必ず書いてあるはずの情報源にアクセスすることを、疎ましく思うようになってしまっている。検索性や一覧性が悪いからだ。そして答えを調べる過程も、学校教育ではあまり評価しない。
私もそういえば、マニュアルを読むのが好きでしたが、最近はめんどくさいので読んでないですね。ただ、私が好んで買う製品、MacとかPalmはマニュアルが薄っぺらいので読んでます。ケータイやうちのおじいさんのPCの取説のなんと分厚い事か、、。あの分厚さは読む気がしませんよね。
Googleがでてから、かなりの確率で一発検索ができるようになりましたが、そのまえはネットサーフィン(死語?)してると『答えを調べる過程』でいろんなwebサイトにぶつかって面白かったし、そういう意味では「最近は」というより、人間性の問題かも。

と、思ったのは、つい先日、青空文庫で、太宰治のトカトントンをよんで、ちょっと気になった事があったから、。
この「トカトントン」のお話は、ある青年から某作家への手紙の形になっているのですが、最後に某作家からのお返事の文章があって、、
マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂(たましい)をころし得ぬ者どもを懼(おそ)るな、身と霊魂(たましい)とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」
と聖書を引用しているんです。
聖書ですよ、、。
手紙の返信に聖書の一節を引用するなんて、私には理解できません。あの時代の文学青年達はそんなに賢かったのか、聖書を引用されて会話が通じるのかと、、、。「ゲヘナ」といわれて分かりますか? 幸い、私は聖書をもってますので、なんとなく感じる事ができますが、、聖書を引用するなんて、聖書を読んでいないとできないでしょ?お時間のあるひとはトカトントンは短いので読んでみてください。
で、思ったんです。もっと、勉強しなきゃって、。太宰さん達っていうほど昔のひとじゃないです。先日、亡くなった私のおばあちゃんは1910年生まれでしたから(太宰さんは1909生まれ)。
なんかねえ、。その頃の人たちが妙に賢く思えちゃう今日この頃なんです、。「考える事」がすくなくなってるよなあって、。「考える事」って、脳をきたえるような事じゃなくて、もっと大人として考えなきゃいけない事を、。
世の中には、もっと知らなきゃいけない事や考えなきゃいけない事、感じなきゃいけない事がたくさんあるんだろうなあって、、思ったりする春の一日だったのさ。
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by iiwi2 | 2006-04-17 21:58 | ひとこと